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標高8,848m、世界一高い山エベレストに挑み続ける登山家の栗城史多さん。彼の登山は賛否両論がある独特のスタイルだ。まず、ベースキャンプから山頂まで行動を共にするバディー(相棒)を付けず、8,000mを超える高所での使用が一般的である酸素ボンベも持たずに登る。さらに登山の様子を手持ちのビデオカメラで撮り、その様子を現地からネット配信している。(オルタナS特派員=中川 真弓)

知的障がい者向けのスポーツ大会を企画している公益財団法人スペシャルオリンピックス日本(東京・港)は10月31日、同団体の設立20周年パーティーを開いた。同日、グローバルアンバサダーに就任した中田英寿氏も登壇。中田氏は、「スポーツは素晴しいコミュニケーションツール。サッカー選手としての経験を生かしていきたい」と、スペシャルオリンピックスの認知度向上に向けて意気込みを語った。(オルタナS副編集長=池田 真隆) 同式典に出席した中田氏は、「2010年に開催した南アフリカW杯まで、スペシャルオリンピックスは名前しか知らなかった」と告白。それでも、スペシャルオリンピックス国際本部会長のティモシー・シュライバー氏らと出会い、「スポーツは最良のコミュニケーションツールになる」と改めて思ったという。 さらに、「僕はやっぱり、サッカー選手としての経験を生かしていけたらと思う。自分自身が楽しい経験をしていると思えるのが大事。そんな人を、より多くしたい」と続けた。 当日には、団体設立20周年を祝いに、ティモシー・シュライバー氏も駆けつけた。同氏は、「障がいが原因で、いじめや差別にあっている方々が多くいます。それでも、スポーツを通せば、みなさんの心を開くことが可能です」と挨拶した。 スペシャルオリンピックスとは、知的障がいのある人たちに年間を通じて様々なスポーツトレーニングと競技会を提供している国際的なスポーツ組織。世界170カ国440万人のアスリートが活動に参加し、オリンピック形式の夏季冬季32競技を実施している。 「スペシャルオリンピックス」の名称が複数形なのは、大会に限らず、日常的なスポーツトレーニングから世界大会まで、様々な活動が幅広く行われていることを意味する。 スペシャルオリンピックス日本は国内のスペシャルオリンピックス活動を推進する組織として、1994年11月27日に設立された。7,485人のアスリートが活動に参加し、13,637人のボランティアが活動をサポートしている。11月1日から3日にかけて、福岡でスペシャルオリンピックス日本夏季大会が行われた。2015年夏、ロサンゼルスでスペシャルオリンピックス世界大会が開かれる。

東京ガス用地開発(東京・港)は7月22日、各界の若手有識者が新豊洲エリアの街づくりに対して、スポーツとアートを切り口に意見交換をする「第一回TOYOSU会議」を開催した。識者として登壇したのは、元陸上選手の為末大氏やパラリンピック陸上選手の高桑早生選手ら6人。司会を務めた為末氏は、「パラリンピックがおもてなしの心を育む大きなきっかけとなる」と話した。(オルタナS副編集長=池田 真隆) 同会議では、ロンドンで開催されたオリンピックやパラリンピックに倣って、2020年の東京オリンピック、そして、新豊洲エリアのスポーツの関係とライフスタイルについて意見が交わされた。司会を務めた、為末氏は、「心のバリアフリーこそが、本物のおもてなし。パラリンピックがおもてなしの心を育む大きなきっかけになる」とコメントした。 高桑選手は、「日本には、障がい者はスポーツをしないという先入観が残っている。まずは競技場に来てほしい。障がい者だから持つマンパワーを見て感じてほしい。勇気を与えられるヒーローになれるようにがんばります」と6年後に向けて抱負を語った。

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「登山家の仕事は起業家と似ている」――栗城史多

標高8,848m、世界一高い山エベレストに挑み続ける登山家の栗城史多さん。彼の登山は賛否両論がある独特のスタイルだ。まず、ベースキャンプから山頂まで行動を共にするバディー(相棒)を付けず、8,000mを超える高所での使用が一般的である酸素ボンベも持たずに登る。さらに登山の様子を手持ちのビデオカメラで撮り、その様子を現地からネット配信している。(オルタナS特派員=中川 真弓)

標高8,848m、世界一高い山エベレストに挑み続ける登山家の栗城史多さん。彼の登山は賛否両論がある独特のスタイルだ。まず、ベースキャンプから山頂まで行動を共にするバディー(相棒)を付けず、8,000mを超える高所での使用が一般的である酸素ボンベも持たずに登る。さらに登山の様子を手持ちのビデオカメラで撮り、その様子を現地からネット配信している。(オルタナS特派員=中川 真弓)

登山家の栗城史多さん

単独登山の定義論争や、ベースキャンプで人生相談を生中継するなどエンターテイメント性を重視する行動を指摘する声がある一方、多くの企業経営者から賛同を得ている。栗城さんは無名だった大学生時代から今に至るまで、数えきれないほどの企業を回りスポンサー依頼を行っている。「山に登るための資金を集めています」一見無謀にも思える体当たりの行動をやり続けたことで、少しずつ協力者に出会う事が出来た。そこには、登山家と起業家に4つの共通点があるからだろう。

1.孤独
栗城さんはベースキャンプからの頂上アタックを一人で行う。無線でベースキャンプのスタッフと連絡を取り合うが、高山病で体がつらくても、視界を遮られるほどの強風に恐怖を感じても、頼れる人は居ない。大自然を前に自分の無力さを感じ、苦しみや恐怖と闘いながら、目標達成を目指して自分の力で進むしかない。

2.世の中に価値を提供する
栗城さんは大学生で登山を始めた。標高5000~8000m越えの高所登山を専門としている。死と隣り合わせの状況を何度も体験することで、今までの価値観や概念がそぎ落とされ、生き方を深く理解できるようになった。登山をするたび新しい自分に出会うことができ、山に登ることがライフワークになっていく。

記録用に撮っていた登山の様子を、たまたま友人や知人に見せたところ、大きな反響があった。これまでの、カメラマンが撮る登山の映像にはない、失敗も恥ずかしい場面も、喜びも全て隠すことなく、普通のお兄ちゃんが限界に挑戦する映像に勇気をもらう人が出てきたのだ。2009年からは『冒険の共有』として、本格的にインターネットでの生中継登山を行っている。素人では見ることの出来なかった世界最高峰の景色を、彼は世界中の人と共有している。そして、成功や失敗といった結果だけではなく、挑戦する勇気(過程)を多くの人に届けている。

2014年7月に登頂したブロード・ピーク(8,047m)の登山風景

3.やらない決断をする
登頂は成功、途中で下山するのは失敗と言う人もいるが、栗城さんが最も重要視しているのは『生きて帰ること』だ。体調や天候により登頂が難しいと判断するのは、今までの努力や協力者の期待を裏切ることになるかもしれない。それでも、冷静に状況を把握しやらない決断をする。生きていなければ再チャレンジできないからだ。

4.チャンレンジし続ける
栗城さんは登山家で生きていこうと思ったことはないそうだ。目の前にある山に登りたくて、登ったら次にやりたいことが現れて、それをどんどん追いかけて今がある。大学では就活もせず、友達にも先生にも変人扱いされた。活動が理解されず批判されることもたくさんあったが、自分の気持ちに素直に従って新しいチャレンジをし続けた。その諦めない姿勢は共感を呼び、年間70~80本の講演会を全国で行うまでになった。講演依頼のほとんどは口コミだという。

2012年10月に挑戦した世界最高峰エベレスト(8,848m)の登山開始前

栗城さんの最終目標は、エベレストから生中継をして、みんなと冒険を共有することで、自分も一歩踏み出したいという人を増やすこと。トレーニングと並行して、エベレストから生中継をする為の資金や協力者集めに奔走し、どうすればやり遂げられるか、四六時中考えている。これが登山家・栗城史多の仕事だ。2015年9月にはエベレストへの再チャレンジを予定している。

「とあるスポンサー企業の社長から、『経営は冒険の様なものだ』と言われたことがあります。人と違うことや新しいことを始めるのは勇気がいるけど、情熱をもって続けていれば必ず応援者が現れます。既成概念に縛られず、一人でも多くの人が、自分のやりたいことにチャレンジできる世界にしていきたい。」と栗城さんは語る。


■栗城史多(くりきのぶかず)
1982年北海道生まれ。大学山岳部に入部してから登山を始め、キャリア2年目の21歳で北米最高峰6,194mのマッキンリー山に単独で登頂した。以降6大陸の最高峰に登り、8,000m峰4座のベースキャンプからの単独・無酸素登頂を果たす。2012年秋のエベレストチャレンジで手の指9本に負った重度の凍傷を乗り越え、2015年秋エベレストからのインターネット生中継登山に再挑戦する。

オルタナS副編集長・池田真隆

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知的障がい者向けのスポーツ大会を企画している公益財団法人スペシャルオリンピックス日本(東京・港)は10月31日、同団体の設立20周年パーティーを開いた。同日、グローバルアンバサダーに就任した中田英寿氏も登壇。中田氏は、「スポーツは素晴しいコミュニケーションツール。サッカー選手としての経験を生かしていきたい」と、スペシャルオリンピックスの認知度向上に向けて意気込みを語った。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

同式典に出席した中田氏は、「2010年に開催した南アフリカW杯まで、スペシャルオリンピックスは名前しか知らなかった」と告白。それでも、スペシャルオリンピックス国際本部会長のティモシー・シュライバー氏らと出会い、「スポーツは最良のコミュニケーションツールになる」と改めて思ったという。

さらに、「僕はやっぱり、サッカー選手としての経験を生かしていけたらと思う。自分自身が楽しい経験をしていると思えるのが大事。そんな人を、より多くしたい」と続けた。

当日には、団体設立20周年を祝いに、ティモシー・シュライバー氏も駆けつけた。同氏は、「障がいが原因で、いじめや差別にあっている方々が多くいます。それでも、スポーツを通せば、みなさんの心を開くことが可能です」と挨拶した。

スペシャルオリンピックスとは、知的障がいのある人たちに年間を通じて様々なスポーツトレーニングと競技会を提供している国際的なスポーツ組織。世界170カ国440万人のアスリートが活動に参加し、オリンピック形式の夏季冬季32競技を実施している。

「スペシャルオリンピックス」の名称が複数形なのは、大会に限らず、日常的なスポーツトレーニングから世界大会まで、様々な活動が幅広く行われていることを意味する。

スペシャルオリンピックス日本は国内のスペシャルオリンピックス活動を推進する組織として、1994年11月27日に設立された。7,485人のアスリートが活動に参加し、13,637人のボランティアが活動をサポートしている。11月1日から3日にかけて、福岡でスペシャルオリンピックス日本夏季大会が行われた。2015年夏、ロサンゼルスでスペシャルオリンピックス世界大会が開かれる。

東京ガス用地開発(東京・港)は7月22日、各界の若手有識者が新豊洲エリアの街づくりに対して、スポーツとアートを切り口に意見交換をする「第一回TOYOSU会議」を開催した。識者として登壇したのは、元陸上選手の為末大氏やパラリンピック陸上選手の高桑早生選手ら6人。司会を務めた為末氏は、「パラリンピックがおもてなしの心を育む大きなきっかけとなる」と話した。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

同会議では、ロンドンで開催されたオリンピックやパラリンピックに倣って、2020年の東京オリンピック、そして、新豊洲エリアのスポーツの関係とライフスタイルについて意見が交わされた。司会を務めた、為末氏は、「心のバリアフリーこそが、本物のおもてなし。パラリンピックがおもてなしの心を育む大きなきっかけになる」とコメントした。

高桑選手は、「日本には、障がい者はスポーツをしないという先入観が残っている。まずは競技場に来てほしい。障がい者だから持つマンパワーを見て感じてほしい。勇気を与えられるヒーローになれるようにがんばります」と6年後に向けて抱負を語った。

スポーツ

初心者も楽しめて奥が深い!オリンピック競技の有力候補「スカッシュ」の魅力とは?

もうすぐスポーツの秋。夏は運動などする気も起きなかった人も、そろそろ体を動かそうかな、と考えているかもしれません。

そんな方にはスカッシュをお勧めします。
スカッシュをひと言でいうと、「テニス+ビリヤード」。

初心者でも十分楽しめて、上級者も飽きさせない。休日のリフレッシュには最適のスポーツです。

スポーツ

「登山家の仕事は起業家と似ている」――栗城史多

標高8,848m、世界一高い山エベレストに挑み続ける登山家の栗城史多さん。彼の登山は賛否両論がある独特のスタイルだ。まず、ベースキャンプから山頂まで行動を共にするバディー(相棒)を付けず、8,000mを超える高所での使用が一般的である酸素ボンベも持たずに登る。さらに登山の様子を手持ちのビデオカメラで撮り、その様子を現地からネット配信している。(オルタナS特派員=中川 真弓)

スポーツ

中田英寿氏、スペシャルオリンピックス大使に

知的障がい者向けのスポーツ大会を企画している公益財団法人スペシャルオリンピックス日本(東京・港)は10月31日、同団体の設立20周年パーティーを開いた。同日、グローバルアンバサダーに就任した中田英寿氏も登壇。中田氏は、「スポーツは素晴しいコミュニケーションツール。サッカー選手としての経験を生かしていきたい」と、スペシャルオリンピックスの認知度向上に向けて意気込みを語った。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

同式典に出席した中田氏は、「2010年に開催した南アフリカW杯まで、スペシャルオリンピックスは名前しか知らなかった」と告白。それでも、スペシャルオリンピックス国際本部会長のティモシー・シュライバー氏らと出会い、「スポーツは最良のコミュニケーションツールになる」と改めて思ったという。

さらに、「僕はやっぱり、サッカー選手としての経験を生かしていけたらと思う。自分自身が楽しい経験をしていると思えるのが大事。そんな人を、より多くしたい」と続けた。

当日には、団体設立20周年を祝いに、ティモシー・シュライバー氏も駆けつけた。同氏は、「障がいが原因で、いじめや差別にあっている方々が多くいます。それでも、スポーツを通せば、みなさんの心を開くことが可能です」と挨拶した。

スペシャルオリンピックスとは、知的障がいのある人たちに年間を通じて様々なスポーツトレーニングと競技会を提供している国際的なスポーツ組織。世界170カ国440万人のアスリートが活動に参加し、オリンピック形式の夏季冬季32競技を実施している。

「スペシャルオリンピックス」の名称が複数形なのは、大会に限らず、日常的なスポーツトレーニングから世界大会まで、様々な活動が幅広く行われていることを意味する。

スペシャルオリンピックス日本は国内のスペシャルオリンピックス活動を推進する組織として、1994年11月27日に設立された。7,485人のアスリートが活動に参加し、13,637人のボランティアが活動をサポートしている。11月1日から3日にかけて、福岡でスペシャルオリンピックス日本夏季大会が行われた。2015年夏、ロサンゼルスでスペシャルオリンピックス世界大会が開かれる。

スポーツ

為末大、「パラリンピックがおもてなしの心を育む大きなきっかけに」

東京ガス用地開発(東京・港)は7月22日、各界の若手有識者が新豊洲エリアの街づくりに対して、スポーツとアートを切り口に意見交換をする「第一回TOYOSU会議」を開催した。識者として登壇したのは、元陸上選手の為末大氏やパラリンピック陸上選手の高桑早生選手ら6人。司会を務めた為末氏は、「パラリンピックがおもてなしの心を育む大きなきっかけとなる」と話した。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

同会議では、ロンドンで開催されたオリンピックやパラリンピックに倣って、2020年の東京オリンピック、そして、新豊洲エリアのスポーツの関係とライフスタイルについて意見が交わされた。司会を務めた、為末氏は、「心のバリアフリーこそが、本物のおもてなし。パラリンピックがおもてなしの心を育む大きなきっかけになる」とコメントした。

高桑選手は、「日本には、障がい者はスポーツをしないという先入観が残っている。まずは競技場に来てほしい。障がい者だから持つマンパワーを見て感じてほしい。勇気を与えられるヒーローになれるようにがんばります」と6年後に向けて抱負を語った。